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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)2345号 判決 2000年12月27日

大阪府大東市<以下省略>

第二三四五号事件被控訴人、第二三四六号事件控訴人

一審原告

右訴訟代理人弁護士

国府泰道

佐井孝和

東京都千代田区<以下省略>

第二三四五号事件控訴人、第二三四六号事件被控訴人

一審被告

株式会社大和証券グループ本社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

桃井弘視

主文

一  一審被告の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、三三〇〇万円及びこれに対する平成四年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その四を一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。

四  この判決の第一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  第二三四五号事件

1  一審被告

(一) 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(二) 一審原告の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

2  被控訴人

控訴棄却の判決。

二  第二三四六号事件

1  一審原告

(一) 原判決を次のとおり変更する。

(二) 一審被告は、一審原告に対し、一億六九三七万二五八五円及びこれに対する平成元年一〇月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

(四) 仮執行の宣言。

2  控訴人

控訴棄却の判決。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(一審被告の当審における主張)

一  一審原告の取引経験等に関する供述の信用性ついて

一審原告は、株式取引の知識・経験がないように供述し、また、Bらに取引を一任していたと主張しているが、これに沿う一審原告の供述には次のように不自然・不合理な点が多く、信用すべきものではない。

1 一審原告は、平成元年一〇月に一審被告の口座で取引を開始するまでに、ナショナル証券において、銀行から資金の借受をしてまで株式取引をしていた。その資金の性格や取引に係る株数と金額からすると、とても一般素人的な投資ではない。

2 一審被告口座での取引について、一審原告は、平成二年四月二六日にATMで五〇万円を入金して、同月一二日に買い付けた日本特殊鋼業株二万株の買付代金の一部としたほか、平成三年四月一〇日にもATMで六八〇万円を入金して、同月一一日に買い付けたTHKCBと同月一六日に買い付けたホウライ株の代金に充てている。このことは、一審原告が本件取引内容を知って納得していたことを示すものである。また、一審原告は、平成元年一〇月からナショナル証券でも本件取引に追随して取り引きしていたというのであるから、一審原告が一審被告口座における本件取引内容を納得して追随したことは明らかである。そして、一審原告の右納得は、BらのCに対する取引銘柄等に関する説明がされていた結果である。

3 一審原告がナショナル証券で取り引きした株式のうちには、本件取引には含まれていない日本レース一万五〇〇〇株があるところ(平成二年七月二日に二五五〇万円で買い付けて二週間後の同月一三日に売却している。)、同株式は仕手株として有名なものであって、無配株でもあったから、一般素人の投資家がする取引ではない。そして、一審原告は、平成元年一〇月以降にナショナル証券でした株式取引は、平成二年三月の納税期までの運用を目的としたものであったというけれども、普通には、株式取引は余裕資金で行うものであって、期限のある資金を使うものではないことは株式取引の常識であり、大前提でもある。

4 一審原告は、一審被告の方で損をさせないし、損が出ても補填してくれるとの約束があったと主張するが、そうであれば、納税用の資金は一審被告の口座で投資運用するのが自然であり、わざわざナショナル証券で運用する必要はなかった。

5 一審原告は、平成二年五月にナショナル証券の妻名義口座で日本通運株を現引しているし、本件取引における現引についても、出来報告書(乙三一)作成日付の翌日ころに顧客に送付される決済報告書(乙三〇)には「お客様の支払金額」と記載されているので、これらにより現引の際にいくら支払わなければならないかは明白なことであった。したがって、一審原告が現引の意味も判らない素人であったと考えることはできない。

二  手数料稼ぎの目的について

1 一審原告の投資総額は二億一〇〇〇万円であるところ、手数料合計は二九七七万五九〇一円であるから、右投資総額の一四パーセントにすぎない。しかも、一審原告は平成二年一〇月以降においてBらの反対を押し切って大損覚悟で強く決済取引を指示したのであるから、この期間中の手数料二八九万三九四六円は一審原告自ら決めた取引によるものである。そこで、後者を除くと、右比率は一二パーセントになり、これは通常の取引に要する手数料である。

2 信用取引によって貸し付けられた金銭や有価証券の弁済期は貸付の翌日とされ、その三日前までに弁済の申出をしない場合には、逐日これを繰り延べることになるものである(受託契約準則四三条)。そして、信用取引の決済には期間制限があり、売買成立の三か月又は六か月の応当日から起算して、四日目を超えることができないから、三か月や六か月という期間は繰り延べることができる期間であって、決済は短期間を予定しているのである。したがって、信用取引は比較的短期間に反対売買を行うことに特色があり、それが実情でもある。

3 右のとおり、本件取引における売買手数料は投資総額との関係では通常のものであり、信用取引における株式保有期間が比較的短期間であることも通常のことであるから、これらの点からは、Bらが手数料稼ぎの目的で過当な売買をしたと推認することはできないというべきである。

三  口座支配の有無について

1 一審原告は、わざわざ上京して、マンションまで借りて生活し、多額の出費をしていたのであるから、取引の判断をBらに一切任せていたということはあり得ない。Cは毎日のように支店長室に来て、Bらから株式投資情報の説明を受け、取引の指示をしていた。そして、Bは、少なくとも事後的には取引内容を電話報告していた。また、一審原告らは、Dから今はあまり動けないということを聞き、一審原告らは、それなら東京に滞在して経費をかけても意味がないと考え、マンションを引き払って大阪に戻ったというのであるが、この事実は、一審原告らが本件取引に関与していたことを正に裏付けるものである。そして、株式取引に熱中していた一審原告らが湯沢温泉等への旅行中にトムソン株の取引に関して注文を出していたとしても、何ら不自然なことではない。

2 一審原告は、ATMで一審被告口座から自由に出金していたのであるから、一審被告が同口座を支配していたということはできない。

3 そして、一審原告は、本件取引終了後、何ら異議を述べず、五年間何らの請求もしていない。

四  本件取引による損害について

本件取引は、平成元年一〇月から平成二年九月末までの期間と平成二年一〇月以降の手仕舞期に分けられるところ、手仕舞期に生じた損害一億〇九三七万円は、一審原告が値下がりしている銘柄の損を覚悟して、Dらの反対意見を押し切り、継続的に信用建玉の売りを繰り返したことによるものであって、すべてが証券会社社員なら勧めるはずがない強引な損切り売却処分によるものである。したがって、この期間に生じた損害は、一審原告の意思によって生じたものであり、一審被告には責任がない。

例えば、一審原告は、平成三年二月一八日に日本重化学工業株一万五〇〇〇株を売却して約一五〇〇万円の損を出し、信用建玉八〇〇〇株を決済して約八〇〇万円の決済損を出し、合計二三〇〇万円の損を出して現金を造り、六〇〇万円をATMで出金した同月二一日にナショナル証券の口座へ入金していすゞ自動車株八〇〇〇株を買い付けている。

(一審原告の当審における主張)

一  一審被告の当審おける主張に対する答弁

1 一審原告のナショナル証券での当初の取引は一審被告の口座での取引に較べればまさに少量である。また、BらはCに対して何の説明もしてはいなかったが、一審原告は、Bらからの最初のうちの何度かの電話報告や、一審被告からの書面による報告によって取引内容を知り、これを盲目的に信頼して、ナショナル証券で同銘柄を買い付けていたにすぎない。仕手株である日本レース株を買い付けたことも、Bらの推奨があったため、一審原告がこれを素人的に信頼した結果である。一審被告の指摘する売買報告書や決済報告書はナショナル証券のものではないし、金額のない決済報告書ではいくらで現引がされるのかも判らない。たとえ金額が記載されていても、一審原告としては、現引の意味を株式の値が下がっている場合にも最初に購入した値のまま証券会社が取り扱ってくれるものと誤解していたのである。一審原告は、株取引の素人であり、本件取引が一任勘定取引であったことは疑う余地がない。

2 過当取引の有無を検討するためには、売買回転率に意義があり、取引総額と手数料合計額を比較しても無意味である。

3 本件取引が終了したのは、株式売買の点では平成三年九月四日であり、口座からの出金の点では平成四年六月二五日である。そして、Cは、平成三年の暮れからBに対し善処方を要望し、平成四年暮れになって、一審被告口座からの出金ができなくなったことがわかったので、一審原告は平成五年二月から弁護士に相談し、平成六年八月四日本件訴訟を提起した。したがって、一審原告が本件取引終了後五年間何らの請求をしなかったというのは誤りである。

4 一審原告が日本重化学工業株を損切りして六〇〇万円を作らなければならなかったのは、本来なら現引をして保有していた株式のうち六〇〇〇株を売却すれば足りたはずであるが、これらが信用取引の保証代用証券に当てられていたため、右売却をするにはこの信用取引を決済しなければならず、そこで右決済資金調達の目的を含めて八〇〇〇株を決済しなければならなかったものと推測される。そして、右の異常な損失取引をしなければならなかったのは、保証金額一杯の信用取引がされていた結果であり、かえって、一審被告口座での取引が如何に過当なものであったかを示している。

二  過失相殺割合について

本件で過失相殺がされるべきものであるとしても、本件では、次の事情を考慮すると、大幅な過失相殺は許されないというべきである。

① 本件取引は、証券会社と個人投資家の間の取引であって、当事者の地位が対等ではない。

② 証券会社は誠実かつ公正に業務を遂行し、個人投資家の意向、投資知識、経験及び資金力に適合した投資を勧誘しなければならない事業者である。

③ 損害額の減額は証券会社の違法不当な行為を助長し容認することになる。

④ 一審被告は、一審原告に自己責任の原則を理解させるべきであった。ところが、一審原告が一審被告に取引をすべて委ねれば大きな利益が期待できると考えて、一任勘定取引を依頼したのに対して、Bらは任せていただいたら悪いようにはしない旨述べて、一審原告の浅はかな考え方を容認助長する行為に出た。

⑤ 本件取引の特徴は、DとBが無茶苦茶な資金運用をして、早い段階で損失が固定されてしまい、後は信用埋によって損失が顕在化して行ったため、一審原告が仮に途中で過大な信用取引による損失に気が付いても、既に遅かったことにある。

第三証拠関係

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  当裁判所は、一審原告の本件請求は本判決主文第一項1の限度で理由があり、その余は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決書二六頁六行目の「Cは、」の次に「平成二年二月ころから、」を加え、同三一頁一〇行目の「四五六三万七二八五円」を「四五〇三万六〇九九円」に、同頁一一行目の「四三・七」を「四三・一」に、同三六頁五行目の「と間で」を「との間で」に、同三八頁七行目の「四五六三万七二八五円」を「四五〇三万六〇九九円」に、同頁八行目の「四三・七」を「四三・一」に、同頁九行目の「示しし」を「示し」に、同四一頁二行目の「少量の」を「多数回とはいえない」にそれぞれ改め、同四三頁九行目の「あるから、」の次に「このことと一審原告本人尋問の結果に照らすと、」を加え、同四五頁八行目の「知識が」を「知識を」に、同四八頁一~二行目の「四一分に」を「四一分の」に、同五三頁一一行目の「いわゆる」から同五四頁二行目の「必然的に」までを「それだけでは必然的に本件のように」にそれぞれ改める。

2  同五九頁一行から同頁四行目までを次のとおり改める。

「 右の事情によると、一審原告の落ち度は軽視できない。すなわち、本件の一任的な取引は、一審被告の勧誘その他の働きかけで行われたものではなく、かえって、一任的であることも含めて、一審原告自ら積極的に開始して継続させたものである。しかも、一審原告は、一審被告の幹部と面識のあるCを委託者に仕立てて行っていた(なお、本件の委託者はC名義であったが、当事者双方は当審において原判決に基づいて原審口頭弁論の結果を陳述しているところ、これによると、一審原告がC名義でした委託であることになる。)。右の態様は取引の通念に照らして強く非難されるべきである上、C自身株式取引に通じないものであったことも影響して、一審原告の意向や期待が誤りなく一審被告の担当者に通じる保障はなかった。一審原告は、自ら、委託者として登場して一審被告の担当者を牽制し、真摯に取引に当たり、あるいは、少なくとも、一審原告の人物や委託の趣旨を理解させる機会を放棄したのである。なお、一審原告は取引のため自ら東京に居を構えたほどであるから、そのような機会や時間的余裕は十分にあった。他方、一審被告の担当者には、前記のとおり敢えて手数料収入等を含む営業の増進をねらった取組があったと推認せざるを得ないのであるが、一審原告に取引を秘匿したり、一審原告を誤解させたりする積極的な言動があったことを認定するに足りる証拠はなく、また、取引自体に重大な問題のあるものが含まれていたことを認めるに足りる証拠もない。以上のことと前記自己責任の観点に鑑みると、一審原告の過失は相当大きかったというべきであり、一審原告の被った損害を前記のとおり把握する場合、一審被告が一審原告に賠償すべき金額は、そのおよそ八割でおおむね委託手数料の合計額に相当する三〇〇〇万円と認めるのが相当である。」

3  同五九頁九~一〇行目の「三八〇万円」を「三〇〇万円」に、同六〇頁五行目の「四二二九万三一四六円」を「三三〇〇万円」にそれぞれ改める。

4  (双方の当審における主張について)

双方の主張に対する判断は、いずれも一部を改めて引用した原判決理由説示中の認定判断のとおりである。右各主張中右認定判断に沿わない部分は、採用することができず、あるいは右認定判断を覆すに足りないものであり、いずれも採用することができない。

二  以上の次第で、一審原告の本件請求は、本判決主文第一項1記載の限度で理由があるから、これを認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、これと異なる原判決は相当でないから、一審被告の本件控訴に基づき、これを右のとおり変更することとし、一審原告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六七条、六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条をそれぞ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官 伊東正彦 裁判官 安達嗣雄)

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